介護業界では、人手不足や社会保障費の増加などの問題を打破する手段のひとつとして、AIの導入が積極的に進められています。しかし、そもそもAIとは何なのか、具体的にどう活用されているのかを知らない人も多いでしょう。ここでは、介護業界の課題とAI動向について実例を交えながら紹介していきます。
AIとは
AI(Airtificial Intelligence)とは、人工的に人間の知的ふるまいの一部を再現するコンピューターのことで、人工知能と解釈されることが多いです。単なる機械ではなく経験から学び新たな入力を獲得できるため、人間が指示を送らなくても情報を分析し、柔軟にタスクを実行できます。ただし、AIには一定の定義があるわけではありません。研究者ごとに解釈が異なるのが現状であり、医学や心理学、哲学など幅広い分野でその意義や役割が論じられ続けています。
AIというと難しいイメージを持つ人もいるかもしれませんが、実は身近なところでも多く活用されています。たとえば、エアコンや冷蔵庫、洗濯機などの家電には、自動で機能を設定したり快適度を分析したりできるものがあります。車の運転支援システムやカスタマーサポートのチャットボット、AIと対戦できる囲碁などもAIの活用事例と言えます。
介護業界の課題
介護業界ではさまざまな課題を解決するためにAI導入が進められています。では介護業界にはどのような課題があるのでしょうか?ここでは、介護業界が抱える主な課題を2つ紹介します。
人材不足(介護の担い手不足)
介護業界が抱える課題の1つ目は、慢性的な人手不足です。高齢化により被介護者数は年々増加しており、厚生労働省によると今後20年以内に介護職員の必要数は約280万人を突破すると推測されています。
出展元:厚生労働省『第8期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について』
その一方で、少子化による生産年齢人口の減少で職員数を確保するのが困難になっているのも事実です。特に地方は都市部に比べ少子高齢化が加速しているため、人材不足が深刻化しています。介護職員が不足すると高齢者が十分な介護サービスを受けられなくなり、入居待ちの間に介護をするため家族が仕事を変えざるを得なくなる可能性もあります。
社会保障費の増加
2つ目の課題は社会保障費の増加です。医療の発展に伴い平均寿命は延びていますが、平均寿命に対して健康寿命は高くなっていません。そのため、医療費や介護費などの社会保障費は増加し続けています。
出展元:厚生労働省『平均寿命と健康寿命の推移』
その一方で、少子化により生産年齢人口が減っているため財源の確保も困難化しています。保険料のみでは現役世代に負担が集中してしまうため税金や借金も充てており、私たちの子どもや孫世代に負担を先送りしているのが現状です。
特に団塊の世代全員が75歳になる2025年、20~64歳の現役世代が大幅に減少する2040年に向けて、介護分野の社会保障給付は増大していくと考えられています。
介護業界の目標
介護業界の課題を理解できたところで、次はその課題に向けてどのような目標が立てられているのかを見ていきましょう。ここでのポイントは健康寿命を延ばすことと技術の導入の2つです。
健康寿命を延ばすことで高齢者を要介護状態から遠ざける
健康寿命とは「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間(引用元:厚生労働省 e-ヘルスネット)」のこと。介護や医療に依存せず生活できる期間とも言えます。
高齢者数が増えたとしても、要介護者が増えなければ人手不足や社会保障費の増大は抑えられます。そのため、健康寿命を延ばし高齢者を要介護者から遠ざけることで課題の解決につながると考えられています。
これを受けて、国では「健康日本21(第二次)」や「健康寿命をのばしましょう。」をスローガンとする国民運動「スマート・ライフ・プロジェクト」、「健康寿命延伸プラン」などの取り組みを行っています。また、自治体では健康な状態から要介護の状態へと移行する中間段階(フレイル)を予防・早期発見するための啓発活動も行っています。
介護ロボット、AI、ICT等の実用化を推進、データヘルス改革
介護分野では高齢者の心身状態や介護環境が個人によって異なるため、従来の介護サービスでは人による判断や作業に依存している部分も多くありました。しかし人手不足や社会保障費の増大が課題となった昨今では、人力だけに頼るのは効率的とは言えません。
そこで注目されているのが、介護ロボットやAI、ICT等の実用化、データヘルス改革などです。これらを導入することにより業務効率化が図られ、介護職員の業務量が適性化し離職防止や業界イメージの向上につながると考えられています。また、データに基づいた科学的介護(LIFE)を推進することで介護サービスの質向上も期待できます。
介護業界におけるAI動向とは
公益財団法人介護労働安定センターの「令和2年度介護労働実態調査」によると、介護事業所における介護ロボットの導入率とICT機器の活用状況は以下のようになっています。
介護ロボットの導入率
見守り・コミュニケーション(施設型) | 3.7% |
入浴支援 | 1.8% |
移乗介助(装着型) | 1.5% |
介護業務支援 | 1.3% |
移乗介助(非装着型) | 0.7% |
見守り・コミュニケーション(生活支援) | 0.6% |
移動支援(屋内型) | 0.3% |
移動支援(屋外型) | 0.2% |
見守り・コミュニケーション(在宅型) | 0.2% |
移動支援(装着型) | 0.1% |
排泄支援(排泄物処理) | 0.1% |
排泄支援(トイレ誘導) | 0.1% |
排泄支援(動作支援) | 0.1% |
いずれも導入していない | 80.6% |
ICT機器の活用状況
パソコンで利用者情報を共有している | 50.4% |
記録から介護保険請求システムまで一括している | 39.1% |
タブレット端末等で利用者情報を共有している | 22.0% |
給与計算、シフト管理、勤怠管理を一元化したシステムを利用でしている | 17.9% |
グループウェア等のシステムで事業所内の報告・連絡・相談を行っている | 16.1% |
共有システムを用いて他事業者と連携している | 11.8% |
他の事業所とデータ連携によりケアプランやサービス提供票等をやり取りするためのシステム | 8.5% |
いずれも行っていない | 25.8% |
業務管理や情報共有などにおけるICT機器の活用は普及しつつある一方で、介護現場でロボットを活用している事業所はごく一部に限られていることが分かります。これには、導入コストや設置場所、費用対効果といった導入ハードルの高さに加え、ケアにロボットを使うことに違和感があるという心理面も関係しています。
一方、昨今では科学的介護推進加算(LIFE加算)や介護ロボット導入支援など、国を上げて介護業界での技術活用を後押しする取り組みも始まっています。まだまだ課題は多く残されていますが、今後は着実に介護現場のAI化が進んでいくでしょう。
介護現場でのAI導入事例とメリット・デメリット
ここまで、AIは介護業界の課題解決を担う重要な技術であり、すでに始まっていることを説明しました。では、AIを導入すると介護現場ではどのような変化が期待できるのでしょうか?最後に、AIの導入例とともにメリット・デメリットを紹介していきます。
介護現場におけるAIの導入事例とメリット
AI導入とその効果には以下のような事例があります。
導入機器・システム | 効果 |
介護ロボット(自立支援、移乗支援、離床支援など) | 職員の肉体的負担の軽減 |
見守りロボット、センサー | 見回り頻度の減少、夜勤の精神的負担の緩和 |
音声入力システム | 情報入力業務の効率化 |
ケアプラン作成システム(AIが過去の同じようなデータを参考にして作成する) | 説得力のあるプランの作成 |
AI機器を導入することにより、介護職員の肉体的・精神的負担を軽減することが可能になります。介助に必要な人数を削減できることから、業務効率化および人手不足の解消につながるでしょう。
特に見守りロボットは、利用者の生活リズムや睡眠サイクルを把握できるようになるため、無駄のない手厚い介護の実現が期待されます。見回りによって睡眠中の利用者を起こしてしまうことも減るでしょう。転倒や転落事故の防止にもつながり、万が一事故があっても動画で説明できるので家族も安心できるというメリットもあります。
利用者としても、介護職員と程よい距離感を保ちつつ何かあったらすぐに対応してもらえるという安心感を得られるので、無駄に気を遣うことがなくなり快適に過ごせるでしょう。将来的には、見守りロボットを活用して職員が在宅勤務できるくらいまで利用価値が向上することも期待されています。
参考:厚生労働省/公益財団法人テクノエイド 『介護ロボット導入活用事例集2021』
介護現場がAIを導入するデメリット
公益財団法人介護労働安定センターの「令和2年度介護労働実態調査」によると、介護ロボットやICT機器の活用について以下の課題点が挙げられています。
- 導入コストがかかる
- 維持費用もかかる
- 使いこなせない可能性がある(スタッフの教育が必要)
- 誤作動への不安
- 設置場所や保管場所がない
- 実態に合う機器がない(分からない)
AIを導入している介護事業所はまだ多くありません。そのため大量生産による生産コストの低下がなく、1台当たりの価格が高くなってしまうのが現状です。導入した後にも維持費用がかかるので、必ずしも費用対効果が期待できるとは限りません。
また、活用事例が少なくノウハウが蓄積されていないため、どの機器を導入すべきかわからないという声もあります。実態に合わない機器を導入すると人がやった方が低コストで早くできてしまうため、施設運営者も簡単には決断できません。利用者としても、機械に介護をしてもらうことに不安を感じる可能性が考えられます。
このように、介護現場へのAI導入にはデメリットもあるため、すぐに業界全体に普及させるのは簡単ではありません。しかし、活用事例が増えれば導入のハードルも低くなることが予想されるため、軌道に乗ればデメリットを最小化できるでしょう。
まとめ
少子高齢化が進む現代社会では、介護業界の人手不足や社会保障費の増大が問題となっており、それらを解消するための方法としてAI導入が注目されています。ニーズに合った機器を導入できれば、介護職員だけでなく利用者やその家族にもメリットがもたらされるでしょう。現状ではコストや活用への不安といった課題点もありますが、国を上げて介護現場をAI化する取り組みが行われているため、今後は徐々に普及していくでしょう。