介護事業者の大きな経営課題のひとつである人材の確保と定着に有効な取り組みとして、人事評価制度を活用することは有効です。
改善傾向は見られるものの介護労働安定センターの令和3年度介護労働実態調査では、介護事業所全体の人材の不足感は63.0%となり、令和3年度の介護2職種(訪問介護員、介護職員)の離職率は14.3%で、全業種の離職率13.9%に比べても高い水準となっています。
長く働いてもらい職員が人事評価制度による適正な評価を受けられることは、働きやすい職場づくりや仕事のモチベーション向上にもつながり、離職防止にも資する取り組みです。
人事評価制度とは?導入の必要性について
一般企業でも多く取り入れられている人事評価制度とは、
職員の業績や能力を適切に評価し、その評価を給与や昇級、人材の配置に反映させる仕組みです。
人事評価の導入と適切な運用が介護事業者にとって必要な理由は次の4点です。
- 職員に将来像(キャリアプラン)を示すことができる
- 人材育成の基準が明確化できる
- 価値観や行動基準の伝達手段として有効
- 給与・昇給基準を透明化できる
それぞれ詳しくみていきましょう。
職員に将来像(キャリアプラン)を示すことができる
「この事業所に居続けても成長できない」「施設長になる以外のキャリアプランが想像できない」など、将来に対する不安があると、仕事に身が入らなかったり、現状維持でとどまってしまうことが考えられます。
これから先、どんなキャリアを積むことができるのか、どうすれば今の事業所で成長できるのかが明確に見えれば、将来に希望を持つことができ、新しいことにチャレンジする職員やスキルアップに励む職員も出てくるでしょう。
つまり、「ここで頑張れば、将来こうなれる」という希望や安心が持てるよう、将来像を明示することが人事評価制度の目的の1つです。
人材育成の基準が明確化できる
人材育成の基準が明確になる 将来のキャリアプランが見えてきたとしても、今の業務の中で何を頑張り、どのようなスキルを身に付けていくべきかが曖昧だと、職員自身も、また教育担当者や上長も、どうやって育成していくか迷ってしまうかもしれません。
人事評価制度によって育成の基準を明確化することで、管理職員も一般職員も共通認識を持つことができます。
価値観や行動基準の伝達手段として有効
経営者の想いを伝え、企業文化をつくる 人事評価制度は、何を頑張ってほしいのか、どんなスキルを身につけてほしいのか、どんな職員を評価するのか、を明確にできるので、経営者が大切にしたい価値観や行動基準を職員に伝える手段としても有効です。
職員にとっては、自分が伸ばすべき能力や身に付けるスキルを理解する手助けとなりますし、もし期待する方向ではない方へ進んでしまった職員がいたら、上長からの評価による軌道修正をすることができます。
給与・昇給基準を透明化できる
職員の処遇決定の根拠となる 給与や賞与額を決める際に人事評価を活用する仕組みとすることで、基準を明確にし、給与決定に対し、経営者も職員も納得感を持つことができます。
また、人事評価の結果に基づき定期昇級を行うことにすれば、介護職員処遇改善加算の取得に必要なキャリアパス要件Ⅲを満たすこともできます。
介護業界での人事評価制度の作り方
人事評価制度によって給与の差をつけることを目的としている場合もありますが、介護事業所では、職員一人一人がどれだけ頑張ったとしても、業績が大きく変わることはないビジネスモデルとなっていて、評価を給与に反映させることは難しいのが実情です。
では、介護事業所にはどのような人事評価制度が向いてるのでしょうか?
介護事業所においては、職員の育成を目的とした人事評価制度にすることが肝要で、職員それぞれの目標設定を行い、その目標の達成・未達成が最も評価に影響する仕組みを構築していく必要があります。
その評価の過程においては、上長が、職員それぞれの個性や能力などを理解し、どんなポイントがやりがいやモチベーションの向上につながるかを把握すること、少し頑張れば達成できるような目標設定をすること、その目標を達成できるような道筋を示しながら支援すること、が大切です。
また、人事評価制度の評価方法は、さまざまな方法があります。事業所としてどのように評価したいのか、優先すべき評価項目などを決めた上で、各事業所と評価対象者の属性(一般職員か管理職か、介護職か事務職かなど)によって適したものを選択していく必要があります。
一般職員の評価方法について
多く取り入れられている方法がMBO(目標管理制度)という組織マネジメントの考え方で、部門や職員個人の目標を設定し、その達成度合いによって評価する制度です。
MBOのメリットは、それぞれの目標が明確なため評価がしやすく、職員の評価への納得感も高くなる点です。
コンピテンシー評価をMBOと併用することも有効です。
コンピテンシーとは、高い成果を上げている職員の行動特性のことを言い、その人たちの共通の行動を評価軸として設定することで、職員全体の行動の質を上げていこうという人事評価方法で、人材育成につなげやすいという特性があります。
コンピテンシー評価は、具体的な行動を評価するので、職員にとってはどのような行動をすれば高い評価を受けられるかを理解しやすく、評価者にとっては明確な基準があるため評価しやすいというメリットがあります。
管理職員の評価方法について
管理職員の人事評価についても、MBO(目標管理制度)は、有効です。稼働率や利益率、加算の取得、利用者満足度など事業所全体の目標を設定し、その目標の達成度合いで評価します。
また、管理職員の人事評価には、360度評価(多面評価)を活用することもあります。
360度評価(多面評価)とは、上長だけでなく、部下や同僚、利用者などから多角的に評価を行う方法で、公平性や客観性が高い評価方法と言われています。
しかし、多くの職員にとって同僚や上長の評価をするという機会が少ないため、この評価制度の導入には、事前の説明会や定期的な研修による評価者のトレーニングが必要になります。
運用を成功させるためのポイント
たとえば外資系の大手企業であれば、人事評価結果によって給与に大きな差をつけることもできるでしょう。しかし、介護事業所では職員ひとりひとりがどれだけ頑張っても、収益を大幅に増やし、それを給与に還元するというビジネスモデルになっていないので難しいです。
人事評価制度の目的は、職員の給与に差をつけることではなく、職員の育成を図り、限られた財源と人材を有効活用していくための手段となります。
運用を成功させるために大切なポイントは以下の3つです。
賃金制度を分かりやすくして伝える
人事評価制度と組み合わせて、職位・職責・職務内容に応じた技能やスキル、知識の難易度ごとに各階層の賃金テーブルを設定し、階層ごとの賃金レンジ内での昇給額は人事評価結果によって決定する、というわかりやすさが大切です。
介護職員処遇改善加算を取得している介護事業所ではキャリアパス制度はすでにできていますので、キャリアパスの階層と階層ごとの賃金レンジをリンクさせておくと、職員にとっても、評価者にとってもわかりやすい制度になります。
自己評価をしてもらう
上長からの評価だけではなく自己評価を定期的に行うことで、自分自身の成長を確認するとともに、自ら課題を見つけ、その課題に対する行動を明確にするという過程は、職員の成長にとても重要なプロセスになります。
ただし、正しい自己評価の方法を知らないまま自己評価させてしまうと、過小評価や過大評価にることもあり、本来の評価から乖離することでパフォーマンスに活かしきれません。自己評価と上長からの評価をすり合わせ、客観的に自己評価ができるよう指導していきます。
上長との定期面談を実施する
上長との面談は、人事評価の過程ごとにその目的が異なります。
期初の目標設定時には、職員のレベルに合い、少しがんばれば達成できるレベルの程よい目標を設定をするための面談になります。
この時に大切なことは、職員のスキルや長所、苦手分野を理解し、その職員のやりがいやモチベーションがどこにあるのかを把握することです。
期中には、3ヶ月ごとを目安に中間面談を行い、職員の目標達成に向けた支援をしていきます。中間面談時における職員の目標達成の進捗度や自己評価をヒアリングし、上長は職員の目標達成に向けた行動に対し、指導・アドバイスします。
この時点で評価を擦り合わせておき、期初に設定した目標の変更が必要と判断される場合には修正することも可能にしておきます。
期末には、評価面談を行います。評価面談時にはまず職員の自己評価をヒアリングし、その後に上長による評価を伝えます。この際に大事なことは、目標達成率や職員の勤務態度、貢献度など、明確な基準を用いて示してあげることです。
職員自身による自己評価と乖離があった場合は、「何が問題なのか」「どこに改善ポイントがあるか」を説明してギャップを埋めていき、今後の目標達成へ向けたアドバイスまで行うことで、職員にとっても納得できる人事評価が期待できます。
人事評価制度をうまく運用することで起こるメリット
人事評価制度による適正な評価、処遇は職員のモチベーションの向上につながり、その結果として事業所の業績や利用者満足度の向上が図られます。また、目標達成に向けて自主的な行動を取る職員が増えることによって人材育成につながることも大きなメリットです。
まとめ
人事評価制度は介護事業所の限られた財源を有効活用しながら、職員を育成することができる取り組みです。職員それぞれの能力を見極めて適材適所に配置することが可能になり、働きやすい職場づくりにつながることで、離職率の低下も期待できるでしょう。
この記事を書いた人
都内の社会保険労務士法人に勤務する社会保険労務士。
前職は独立行政法人福祉医療機構で、15年以上にわたり福祉・医療現場の経営支援等の業務を行い、その後社会保険労務士法人に転職。現在は、クライアント先の労務整備、労務相談、採用支援、職場定着支援などを行なっている。