身体拘束の廃止と具体的な取り組みをご紹介

「身体拘束の弊害をスタッフへ示し、施設から拘束を排除したい」という介護施設長や管理者の方も多いのではないでしょうか。

身体拘束は本人の安全を守るために、やむを得ず行われてきた経緯があります。一方で拘束は悪影響が大きく、本人の状態が悪化することでケア量が増加してしまうことも珍しくありません。

厚生労働省では、身体拘束の廃止を推進しており、魅力ある施設を運営するためにも身体拘束についての考え方を見直すことは重要です。

そこで今回は、身体拘束の廃止への取り組みに必要なポイントを紹介します。やむを得ない場合の手続きについても詳しく解説しています。

そもそも身体拘束とは

身体拘束とは、利用者が自分の意思で動けないように行動を制限することです。

厚生労働省は「身体拘束に対する考え方」の中で、「介護保険施設などで高齢者をベッドや車いすに縛りつけるなど身体の自由を奪う行為」としています。

身体拘束は医療や介護の現場で、本人の安全を確保するためにやむを得ず行われてきました。
しかし不安や怒りなどの精神的苦痛を与えるだけでなく、筋力低下や関節の拘縮などを招くリスクが高くなります。家族やスタッフにもたらす影響も多大です。

「本人や他利用者の生命が危険にさらされる場合は、身体拘束もやむを得ない」という考え方があります。しかし厚生労働省は「身体拘束ゼロへの手引き」の中で、身体拘束廃止を推進する姿勢を見せています。

身体拘束に該当する具体的な事例

ここでは、身体拘束に該当する具体的な事例を紹介します。厚生労働省が示している身体拘束の具体例は、以下の通りです。

身体拘束の事例
  • 徘徊しないように、車いすやいす、ベッドに体幹や四肢をひもなどで縛る
  • 転落しないように、ベッドに体幹や四肢をひもなどで縛る
  • 自分で降りられないように、ベッドを柵(サイドレール)で囲む
  • 点滴・経管栄養などのチューブを抜かないように、四肢をひも等で縛る
  • 皮膚をかきむしらないように、手指の機能を制限するミトン型の手袋などをつける
  • 車いすや椅子からずり落ちたり、立ち上がったりしないように、Y字型抑制帯や腰ベルト、車いすテーブルをつける
  • 立ち上がる能力のある人の立ち上がりを妨げるようなイスを使用する
  • 脱衣やおむつはずしを制御するために、介護衣(つなぎ服)を着せる
  • 他人への迷惑行為を防ぐために、ベッドなどに体幹や四肢をひも等で縛る
  • 行動を落ち着かせるために、向精神薬を過剰に服用させる
  • 自分の意思で開けることのできない居室などに隔離する

言葉によって利用者の行動を制限する「スピーチロック」にも注意が必要です。「ちょっと待ってください」や「立たないでください」などがその例です。

道具を使用しない分、スタッフが無意識でスピーチロックをしてしまうことがあります。

身体拘束を行うことの弊害

厚生労働省は「身体拘束の弊害について正しく知ることが、廃止に向けた第一歩」としています。ここでは身体拘束を行うことによって起こる弊害3つを解説します。

具体的には、下記の3つです。

身体拘束による弊害
  • 身体的弊害
  • 精神的弊害
  • 社会的弊害

それでは、詳しく解説していきます。

身体的弊害

身体拘束は、身体的弊害を引き起こす恐れがあります。長時間むりな姿勢で拘束されるため、関節の拘縮や筋力の低下が進行する可能性があるのです。

また食欲や免疫力が低下する内的弊害をもたらすことや、事故が発生するリスクも高くなります。

車いすごと転倒したり、ベッドの手すりを乗り越えようとして転落するなどの大事故が起こる可能性もあります。

精神的弊害

身体拘束を行うと本人や家族、スタッフは大きな精神的ダメージを受けます。本人は拘束されることで不安や恐怖、怒りを感じます。

認知症が進行し、徘徊やせん妄などの症状が現れることもあるのです。

また家族にも影響を与えます。身体拘束に同意したものの、大切な家族が拘束されている姿を見て罪の意識を感じることも多くあるのです。

スタッフも「本当にこれでよかったのか」と自分たちのケアに自信を持てなくなることもあります。

社会的弊害

介護・医療スタッフは、ケアに疑問を感じ退職してしまうかもしれません。介護職や医療職の人手不足は社会的な問題であり、さらに拍車を掛けてしまう可能性があるのです。

また身体拘束によって認知症の進行や事故が起こると、介護や医療の費用は上昇します。その結果、国の財政を圧迫するという社会的弊害を引き起こすのです。

身体拘束を廃止するための具体的な取り組みとは

ここでは、身体拘束を廃止するための具体的な取り組みについて3つ紹介します。

具体的な取り組みとして代表的なものは、下記の3つです。

  • トップが決断し現場をバックアップする
  • スタッフが問題意識を共有する
  • 再アセスメントして不穏の原因を取り除く

それでは順番に解説していきます。

トップが決断し現場をバックアップする

まずは施設のトップである施設長や部長が、身体拘束の廃止を決意することが必要です。そしてスタッフに周知します。

トップはスタッフに強要するのではなく、身体拘束を廃止できるようにバックアップしなければなりません。

具体的には、以下の方法があります。

  • トップダウンで全部署・全スタッフに身体拘束を廃止すると強いメッセージを出す
  • 万が一事故やトラブルが発生した場合は、トップが責任をとる姿を表明する
  • 施設長を委員長として「身体拘束ゼロ委員会」を設置する

一部の部署で身体拘束の廃止を目指しても、隣の部署で拘束していては意味がありません。全部署が廃止に向けて行動できるように、トップは呼びかけを行います。

スタッフが問題意識を共有する

身体拘束の弊害について、全スタッフが問題意識を持つことが重要です。拘束を行うと、利用者や家族、スタッフにどのような影響を及ぼすのかを共有します。その上で最も必要なのは「利用者を中心に考える」ことです。

さらに本人や家族の理解も必要です。転倒などの事故防止策について説明し、同意と協力を得なければなりません。

再アセスメントして不穏の原因を取り除く

身体拘束をしないケアを実施するためには、利用者をよく知ることが重要です。不穏になって立ち上がるなどの行動には、きっと何か原因があります。

その原因を探り取り除くことができれば、拘束せずにケアを提供できるのです。

利用者が不安を抱く理由として、以下のような例があります。

  • スタッフの掛けた言葉が適切でない
  • 言葉の意味を理解できていない
  • 利用者の希望に沿うケアを提供できていない
  • 強い不安、身の危険を感じている

身体拘束を中止し通常のケアを行ったところ、利用者の状態が安定した事例もあります。
ただし現場スタッフには、大きな負担が掛かることもあるでしょう。

拘束しないことで転倒事故などが発生するリスクは高くなります。トップが事故の責任所在を引き受けたりスタッフの増員要望に応えたりすることで、施設一丸となって拘束ゼロ達成に向けて前進できるのです。

身体拘束が認められる場合(例外3原則)

ケアの工夫だけでは対処が難しく「利用者の生命または身体を保護するために緊急やむを得ない場合」のみ、身体拘束が認められています。

施設全体でカンファレンスを行い、身体拘束が本当に必要かどうかについて慎重に議論を行わなければなりません。

その上で「切迫性」「非代替性」「一時性」3つの要件を全て満たしていると判断された場合のみ、身体拘束が認められるのです。

ここでは、それぞれの要件について詳しく解説していきます。

切迫性

切迫性とは、「本人や他利用者の生命または身体が危険にさらされる可能性が著しく高いこと」と定義されています。

まずは身体拘束した場合に、どのような悪影響を本人に与えるかを慎重に考慮します。それでもなお、身体拘束が必要なのかどうかを見定めなければなりません。

非代替性

非代替性とは「身体拘束などを行う以外に、代替する介護方法がないこと」です。非代替性を判断する時には、複数のスタッフで拘束以外の介護方法を余すことなく検討しなければなりません。

また拘束を行う場合であっても、最も制限の少ない方法で行うことが必要です。

一時性

一時性とは、「あくまでも身体拘束が一時的であること」です。本人の状態に応じた、最小限の拘束時間でなければなりません。

身体拘束の時間が長ければ長いほど、本人への身体的・精神的ダメージは大きくなります。
やむを得ず拘束をする場合であっても、あくまでも「一時的、最短」でなければならないのです。

やむを得ない場合の手続き

やむを得ず身体拘束を行う場合には、所定の手続きが必要です。前章で紹介した3つの条件を満たす場合でも、以下のように留意すべきと厚生労働省が示しています。

  • 「緊急やむを得ない」かどうかについては、施設全体で検討する
  • 利用者・家族に対して拘束の内容や理由などについて説明する
  • 必ず記録を残す(本人の様子・時間・理由など)
  • 常に観察し、必要なくなれば直ちに拘束を解除する

利用者や家族へ説明する際には、施設長や医師が行うのがよいでしょう。また説明・記録の書式については、厚生労働省が例を示しています。

必要な記録を残し、拘束の必要性がなくなれば直ちに拘束を解除することが求められます。

まとめ

今回は、身体拘束の廃止と取り組みについて解説しました。施設が一丸となって身体拘束の廃止を実現するために必要なことについて解説をしました。本人の安全を守るために身体拘束がやむを得ない場合もありますが、その際はきちんと議論をし、ご家族にも共有を行い、記録をしっかり残すことが重要です。

身体拘束廃止への取り組みを行う際に、この記事が参考になれば幸いです。

参考サイト

この記事を書いた人

朝水 裕一
現役ケアマネジャー。 「分かりやすく人に伝える」をモットーにWebライターとしても活動中。デイサービスやグループホームでの管理者経験あり。 介護福祉士、認知症ケア専門士、第1種衛生管理者の資格を保有

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